★三国志妄想伝★
★ルパン&劉備2(5本)★
  いずれ満ちる月
「この者は助かるでしょうか」
「医者が出来ることなど、ほんの僅かです。あとは天意に従う他ありませぬ」
「天意か…」
その呟きは儚く淡い
だが華佗の発する言葉には不思議な重みと柔らかさがあった
「この男が死ぬ運命ならば、どんな治療を施しても必ず死にます。しかしこの男にまだ成すべきことがあらば、どんなに血を流そうと、必ず――」

華佗は微笑を向けた
言葉を探したが見付からず、劉備はただ礼を示した



糸のように細い月が、紺色の空に浮いている
冷えた夜風が痩せた頬を、無遠慮に撫でていく
――成すべきことがある人間は、必ず天に生かされる
頭の中で、胸の奥で、魂の内で、華佗の言葉が繰り返し響いている

では今まで死んでいった者たちは、すべて死ぬ運命であったというのか


劉備は一人、夜風に身を委ねた
遠くで樹木がざわめいている


死ぬ時は兄弟で共に死なせてくれと天に誓ったはずなのに、
何故、私だけが生かされているのだろうか
義弟たちの成すべきことは終わったと言うのか
一体、私ひとりで何を成せと言うのか


死にたい、と幾度も思った
死ねば黄泉で義弟に逢える
最愛の者に逢えるのに何を躊躇うことがある
――義弟に逢いたい
愛する義弟の屈強な身体に縋り、孤独に冷えたこの身体を温めて欲しい


だが、義弟はそれを望まない
何者も畏れぬ義弟が最も怖れたのは、私が死ぬことだ
義弟に逢うためにこの命を絶てば、義弟は悲しむだろうか…

それとも、喜ぶだろうか




月はいまだ細く、青白い光りを落としている
劉備は、ただ、天を仰いだ


糸のような月が、
風に飛ばされそうになりながら、


それでも空にしがみついていた






  幻影を追う
孫乾「おぉ、単福殿!!そなたも殿をお諌め下され!!」
徐庶「諌める?殿が何をなされたというのです?」
孫乾「それが今日もまたお一人で、あの男の部屋に篭っておられるのです…」
徐庶「あぁ…それは…」
孫乾「どうせあの男は罪人か、山賊の類!!助ける必要などありますまい!!それより、もし殿に何かあれば…!!」
徐庶「心配せずとも、あの男は身動きが取れません」
孫乾「それだけではない!!殿はご自分の傷も癒えぬというのに、寝食を忘れ、連日あのように付きっきりで看病なされておられる!!このままでは怪我人を助けるどころか、殿ご自身が倒れられてしまう…!!」
徐庶「いや、嘆き悲しまれるだけの日々を送っておられた時より、殿が体力を取り戻してきたということです」
孫乾「単福殿!!そなたまで何故あの男を庇うような…!!」
徐庶「まぁ、とにかく今は殿の思うようにさせましょう。殿があのように頑なな時は、我々が何を言っても仕方ありません」
孫乾「ううむ…しかし、納得出来ぬ…何故殿はご自身の身をかえりみず、あのような見ず知らずの男を助けられるのか…いや、すべては殿の仁の心がそうさせるのか…」
徐庶「……劉備殿が助けたいのはあの男ではない…本当に助けたいのは――」


たとえそれが
己の罪からの逃避であったとしても
愛する者の幻影を追う






  薄紅色の花
「そなたは義弟とは違う」
劉備は静かに語った
「だが、そなたを我が元に遣わしてくれたのは、義弟であるという気がしてならない」

劉備の胸中に、桃の花が鮮やかに散っている




――血の匂いだ

劉備は馬を降り、桃木の根元に倒れている男に向かって歩を進めた
まるで戦いの終わった平原のように静かで、風が草木を撫でる音だけが流れてる
甘い花の香が、ここだけは淀んでいる
淡い紅色の花びらが、穏やかな風に乗って、深紅の水溜まりの上に落ちた

芽吹いたばかりの下草を、流れ出る血で濡らしている男がいる
その男の身体の上にも、薄紅色の花びらが降り積もっていた






  罪人
重傷のルパンを名医・華佗が治療したが、意識は戻らず昏睡状態が続いていた
劉備は献身的にルパンの看病をしていたが、
矢傷と刀傷を負い、拳銃を所持していたルパンの素性を怪しんだ劉備軍の部下たちは、再三に渡り劉備を諌めた
しかし劉備はルパンの傍を離れずに夜通し看病し続けた

そのうちに食糧を得るために街に出た劉備の配下が、指名手配となっている国賊が例の怪我人と知る
慌てて配下が軍師・徐庶に報告したところ、「私に考えがあるので、この事は劉備殿には知らせないように」と口を封じた
徐庶は一つの策を胸に抱きながら、ルパンに付き添う劉備の元に赴いた


徐庶「ここにおられましたか、殿…そのように毎晩、夜通し看病しては、お身体に障ります。私が代わりましょう」
劉備「構わぬ。どうせ眠れぬのだ。こうしているほうが気が紛れる…」
徐庶「…この者が罪人であったら、どうされます」
劉備「お前もこの男を見捨てろと申すのか?」
徐庶「いえ」
劉備「罪人であろうと、見殺しには出来ぬ」
徐庶「劉備殿…」
劉備「…私情で戦を起こし、多くの兵を死なせた私のほうこそ罪人だ」
徐庶「何を言われます…罪人は私です」
劉備「単福、軍師であるお前に罪などない。すべて私が命じたことだ」
徐庶「いえ、私は主君を欺いております…私は若い頃に役人に追われる身であったため、単福と名乗り、自分の素性を隠しておりました」
劉備「………」
徐庶「まことの私は潁川の生まれ、徐庶…字を元直と申します。そんな素性を隠した私を、殿は深く信用され、軍師の身分まで与えて下さいました。『士は己を知る者のために死す』とあります。以来、殿のために死ぬ覚悟でお仕えしておりました」
劉備「分かっておる、単福…いや、徐庶…私ごときによく仕えてくれた。先の戦にも従ってくれたこと、嬉しく思う」
徐庶「この窮地にあって、今こそ殿のために、一働きしたいと思います」
劉備「戦をするつもりか…!?」
徐庶「いえ、人を捜して参ります。しばらく城を空けますが、その間は食糧の調達も控え、身を潜めますように…」
劉備「……徐庶、もうよい…今までよくやってくれた。感謝している…お前ほどの才があれば、誰に仕えても重用されよう。私に遠慮せず、自分に合った主君を捜してくれ」
徐庶「殿…!!そうではありません!!私は劉備殿以外の者に仕えるつもりはありません!!私が捜すのは、我が軍を立て直すために必要な者です!!」
劉備「我が軍に…?しかし、もはや兵もわずか…とても軍とは呼べぬ。それに立て直すしたところで、私は…」
徐庶「大望も果たさずにいては関羽殿や張飛殿が嘆かれます」
劉備「……言うな、徐庶…!!」
徐庶「…殿、どうか私を信じ、全てをお任せ下さい。心配は要りません。必ず戻って参ります」
劉備「たとえ戻らずとも、お前を恨みはせぬ」
徐庶「何故そのように言われます…素性を打ち明けたのは、私を信じて頂きたいからです。この徐元直、偽りは申しません。必ずや、殿の窮地を救ってみせましょう」


かくして五右ェ門を捜すため城を出た徐庶
オチのない話を書くのは無意味な気もするが、それでは徐庶の出番がなくなるので書いてみた(笑)






  医は仁術なり
この頃は五右ェ門もまだ「劉備殿」と呼んでいた

五右ェ門「ルパンを助けて頂き、かたじけない」
徐庶「礼ならば殿に…劉備殿が救われたのです。殿はご自身のお身体もかえりみず、毎夜付き添われて…」
五右ェ門「劉備殿自ら…?」
劉備「私はたいした事はしておらぬ。治療したのは名医と名高い華佗殿だ。私がしたのは、ただ彼に付き添い、身体を拭き、口移しで薬や水を…」
ルパン「わぁああああ!!!?」 Σ( ̄□ ̄;)

バラされたくない濃厚な療養生活(笑)
ちなみに華佗先生も口移しで薬を飲ませてくれました
この時代なら口移しで薬や水を飲ませるのは普通なんじゃないかと…
実際に小説で華佗先生が口移しで薬飲ませてたしな



冷静に考えたら一日に何回もしてたと気付く